Emotion
録音に伺った家で、機械を出す前に茶を淹れていただいた。先方は先日の話の続きをするつもりらしく、私がどこまで覚えているかをまず確かめた。音の特徴は記してあったが、肝心の親戚関係を取り違えており、二人でしばらく笑った。帰り際、録音がなくても来てよいと言われた。資料収集者としてではなく、話の続きを聞く者として待たれているというのは、少々気恥ずかしい。嬉しかった、と書けば済むところをまた長くしている。いただいた芋を台所に置いたまま、夕方までその言い方を思い返した。次は機械の電池より先に、菓子を用意しようと思う。
Body
録音を聞く前に、畑の端まで歩いた。昨日は長く机に向かっていたせいか、腰が曲がった姿勢を覚えており、立っただけでは元に戻らない。坂を下る際には膝も不平を述べたが、平らな所で歩幅を小さくすると幾分楽になった。草の濡れた匂いがして、朝の空気が頬に冷たい。帰宅して白湯の器を両手で持つと、指のこわばりがゆっくり解けた。身体について毎度故障箇所だけを書くのも公平ではない。今朝の湯の温かさは、耳や腰の具合とは別に、確かに心地よかったのである。猫は膝に乗る時機を待っている。もう少し器を持たせていただきたい。
Mind
書き起こしの本文に笑い声をどこまで入れるべきか、今日も一箇所で止まった。語尾の母音だけなら記号で済むが、その笑いによって、直前の悪口が本気ではないと分かる。ところが括弧で笑うと書くと、誰が誰に向けて笑ったのかが消える。説明を足せば読みやすくはなるものの、私の解釈が話者の言葉に混ざってしまう。結局、本文は簡潔にし、音源の時刻を余白に記した。将来これを読む人がいるとして、必要なら聞き直せるようにしたい。自分だけで読む可能性の方が高いが、その自分も三か月後には、今ほど場の様子を覚えてはいないのである。