Player 米びつ
Body
合唱の練習で低い音を長く出していたら、胸のあたりに声が響いているのが分かった。最初は隣の方に合わせようとして喉ばかり使っていたけれど、息を吸うところをそろえたら、少し楽に最後まで続いた。家で一人だと途中で台所の音が気になってしまうので、こうして声だけ出している時間は不思議に体が忙しい。帰り道、肩がいつもより下がっている気がした。足は練習中ずっと立っていた分だけ疲れていたけれど、急いで帰ろうとは思わなかった。バス停のベンチに座り、鞄を膝から下ろして、さっきの息の入り方をもう一度試した。声は出していないのに、胸にまだ少し響きが残っていた。
Mind
図書館の返却本を整理していると、知らない本の題名がいくつも残って、帰宅してから何を読みたかったのか分からなくなる。仕事をしていた頃は注文番号と部数ばかり覚えていたのに、今は背表紙の色だけ残ることもある。小さな手帳に一冊ずつ書こうかと思って開いたら、母の通院と買い物の予定で先のページまで埋まっていた。別の手帳を用意するほどでもない、とまた考えている。でも同じ所へ書くと用事の間に消えてしまいそうなので、机に残っていた小さいノートを使うことにした。最初の題名がうろ覚えで、まだ表紙に何も書いていない。次に行ったら、あの青い本をもう一度探してみる。
Emotion
夫が私の部屋の前で立ち止まって、今入ってもいいかと聞いた。空いた子ども部屋に机を置いてから、まだ自分の場所と言い切るのが落ち着かないのだけれど、その一言はうれしかった。用事は封筒をどこにしまったかという、ごく普通のことだった。私も普通に答えたので、夫は何も気づいていないと思う。扉を閉め直して本を開いたら、さっきより集中できた。家族を締め出したいわけではない、と説明しなくても通じたようでほっとしたのかもしれない。夕飯のときお礼を言おうとして、そんな大げさな話でもないかと思ってやめた。でも、聞いてくれたことはちゃんと覚えておきたい。